内側の記録

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低端人口(低ランク人口)の話

今日の中国語:低端(ローエンド、階級が低いこと。対義語は高端。高端机=フラッグシップモデル)

 

先日、北京南郊の大興区に医療産業区開発の見学に行ったんですが、同区で発生した火事の影響で工事を中断するように指示が出ており、行政による見回りも厳しく行われているという話でした。

その元凶となった火事ですが、低端人口と呼ばれる労働者の住居で起こったもので、それに伴って違法建築の立ち退きが急ピッチで進められているようです。

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低端人口はなぜ生まれたのか

 低端人口(低ランク人口)というのは主に農村から都市部に出稼ぎに来ている、学歴・知識・技能などを持たない労働者のことです(日本的なネットスラングで言えば「底辺労働者」あたりが適当でしょうか。「主に」と書いたのは、中国の急速な経済発展・都市化が始まって30年近くになるので最近は農村出身者に限らず都市出身の低端人口もいると思われるため)。

低端人口は歴史的な根が深い問題で、そもそもは中華人民共和国が建国後数十年に渡って保ち続けている「城乡二元结构」(都市と農村の二元制構造)に原因を遡ることができます。この構造下で、農村は生産資源である土地を所有できる代わりに、社会福祉や住居の保障などは得られませんでした。一方で、計画経済における都市部の工業化は農村から得た食料を原資に進められ、都市居住者は勤め先、社会保障、住居等が保障されました。そして、人々は農村戸籍都市戸籍に分けて管理され、農村戸籍都市戸籍に転換することは容易ではありませんでした(このような制度が成立した背景として、農村に対する保障を切り詰め、都市を優遇しなければ工業化=軍事力の増強を達成できず、国民党やアメリカやソ連といった脅威に対抗できないという当時の中国が置かれた事情もあったということを付け加えておきます)。

改革開放後の中国の発展に伴い、都市と農村の二元制構造は様々な場面で大きな格差を生むようになりました。例えば、ある年代までの都市戸籍者は「单位」(社会主義体制での各生産単位、要するに勤め先の公営企業のこと)から住宅を配給されていました。90年代以降このような制度はなくなりましたが、都市戸籍者はこの時に配給された住宅に住み続けたり、売却したり、賃貸したり、建て替えによって権利者住宅を得たりして大きな利益を得ることができました。一方で、都市に出てきた農村戸籍者にはそのような住宅の保障がないため、多くは「城中村」と呼ばれる違法建築が密集した地区に居住しています(城中村も都市と農村の二元制構造によって生まれたものですが、ここでは深追いしないので興味がある人は論文などを読んでください)。

 都市と農村の二元制構造は教育の機会にも影響します。例えば、中国の大学は地域ごとに入学者数の割り当てがあり、北京の戸籍があれば北京大学清華大学等の高ランク大学に入学するのもそれほど困難ではありませんが、地方都市や農村の戸籍を持っていると大きな不利を被ります。このような戸籍地による優遇・差別は小学校入学段階からあるようです(そのため、中国の大学の教員はキャンパスの郊外移転を嫌がります。キャンパスの郊外移転に伴って教員住宅が郊外に移転すると子供の教育に不利益が生じるためです。中国の大学教員の間では自分の子供を名門大学の附属校に入れるために位を下げてでも名門大学に転職することがよくあるらしいです)。

結果的に、都市に生まれると様々な面で優遇されて高ランク人材となり、農村に生まれると様々な面で差別されて低ランク人材になるという状況が、中国の発展に伴って30年程度続いたことになります。もちろん、生まれ育った環境による有利・不利は日本でもあることですが、これほどあからさまではありません。自己責任などではなく、政府(つまりは中国共産党ですが)の責任と評価する他ないでしょう。それでも、農村に留まり農業をするよりも、機会を求めて多くの人間が都市に流れ込んできます。

(ここまで書いたんですが、中国の社会制度に関しての僕の理解は結構ざっくりとしたものなので、間違いがあれば指摘してください)

 

誰が低端人口を欲しているのか

改革開放後、中国の経済・社会は急速に発展し、世界をリードする場面も生まれるようになりました。その原動力となったのは低端人口だったのではないでしょうか。2000年代、中国が世界の工場として外貨を獲得できたのは安価な労働力である低端人口が豊富にいたからです。現在、中国の都市部では急速に普及したスマートフォンをプラットフォームとした様々なサービスを人々が享受しています。人々が1回たった1元(約16円)でシェア自転車に乗れるのは、シェア自転車を並べたりメンテナンスしたりする低端人口がいるからです。人々が寒い中を外出しなくても暖かい食事が食べられるのも、デリバリーを請け負う低端人口がいるからです。人々が気軽にネットショッピングを楽しめるのも、実質配送料無料で配達する低端人口がいるからです。人々が買い食いをしてそのゴミを捨てても街がゴミだらけにならないのは、深夜や早朝に掃除をする低端人口がいるからです。現在の都市居住者の生活は低端人口なしには成り立たず、それはむしろ単に農村から食料を得たり、都市近郊の工場で農村出身者の労働力を使役していたかつての状況よりも、都市を舞台としているだけより密接な関係になっていると言うべきでしょう。中国では農村からの人口流入による都市の過密が問題になっていますが、それもそのはず、都市とその居住者が低端人口を求めているのです。

 

低端人口問題の解決

政府が躍起になって低端人口を減らそうとするのは、表向きには都市の人口過密の緩和ということになっていますが、端的にいうと低端人口が汚くて、臭くて、粗野で、近くにいると不快だからです。ただ、社会が低端人口をそのような状況に置きながら低端人口を求めている以上、低端人口を都市から叩き出してもそれは一時的に臭い物に蓋をしただけで、本質的な解決からはほど遠いでしょう。

最近の中国の一部企業では、従業員の賃金を上げ定着率を高めることで顧客へのサービスを改善する動きなどもあるようです。人々がある程度豊かになり、価格ではなくサービスで企業を選ぶようになれば、そういった企業が優位になり、市場の原理によって低端人口が置かれた状況も徐々に改善するでしょう。ただ、先で整理したように問題の大元には政府による制度設計があるため、根本的には政府が制度の改善を行うのが道理でしょう。これまで続いてきた制度を変えるには大きな社会的混乱があるでしょうが、低端人口問題を放置すればいずれ大きな社会的混乱が生じることもまた間違いないと思います。

 

AIと低端人口

僕が子供の頃に読んだ学研の図鑑なんかでは、「将来はロボットが人間の代わりに働くようになり、人間は遊んで暮らすようになる」みたいなことが書かれていました。コンピューターの発達と普及により多くの仕事は効率化したはずですが、労働時間は以前と変わらないので実質的にはかつてよりも多くの労働をしていることになります。最近は金融業界でAIを導入することにより人員を削減するという話もあるみたいですね。

 

 

 AIは、ある程度制度化された情報の処理(それこそ金融業のような)に向いているので、つまりは中ランク人口がこれまで担ってきた仕事を代替します。そうして余った中ランク人口が高ランク人口になるかといえばそうはならないわけで、必然的に低ランク人口が増加することになり、市場の原理からすると低ランク人口の人件費はさらに下がることになります(あるいは、AIと人間が価格競争をするようになるかもしれません)。というような未来予想図を描くと、中国の低ランク人口の置かれた状況が人ごとだとはあまり思えないのですが、どうすればいいんでしょうね。